web拍手 この人には真摯に物事を反省するという考え方は全くないようです。相変わらずの暴言炸裂です。あまりにも素晴らしいので本日2本目のエントリ。阿久根市長「腐った枝、刈らないと」 障害者の記述巡り(asahi.com)自身のブログに「高度医療のおかげで機能障害を持ったのを生き残らせている」と記述し、障害者団体などから批判を浴びた鹿児島県阿久根市の竹原信一市長が21日、福岡市内での講演でこの話題に触れ、「木の..."> 阿久根市の市長の暴走は止まらない 好日亭日乗
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この人には真摯に物事を反省するという考え方は全くないようです。
相変わらずの暴言炸裂です。
あまりにも素晴らしいので本日2本目のエントリ。

阿久根市長「腐った枝、刈らないと」 障害者の記述巡り(asahi.com)

自身のブログに「高度医療のおかげで機能障害を持ったのを生き残らせている」と記述し、障害者団体などから批判を浴びた鹿児島県阿久根市の竹原信一市長が21日、福岡市内での講演でこの話題に触れ、「木の枝の先が腐れば切り落とす。そうしないといけない」「表現として厳しいが刈り込む作業をしないと全体が死ぬ」などと発言した。

 講演後の記者会見で竹原市長は「『腐った木』とは障害者を指したのか」と聞かれ、「違う」と否定。「どういう意味だったのか」と繰り返し質問を受けたが、「答えない」「新聞は言葉狩り」などと言って回答を拒んだ。

 講演会は、福岡市内の民間信用調査会社が企画。集まった会社経営者ら約20人を前に、竹原市長は約40分間、マイクを握った。

 講演では障害者に関する記述について「差別と言われるが、ああいう視点は私にはわからない」と批判を無視。自らの死生観に触れ、「みなさんもいずれ死ぬ。植物を考えればわかる。葉っぱや花が散って土壌になる。私たちは葉っぱ、枝」などと表現。その上で「社会は木を育てるようにしないといけない。木の枝の先が腐れば切り落とす。全体として活力のある状態にする」などと語った。

 障害のある子どもの世話の大変さにも触れながら、「社会をつくることは命の部分に踏み込まないとダメ。表現として厳しいが、刈り込む作業をしないと全体が死ぬ。壊死(えし)した足は切り取らないと。情緒で社会をつくることはできない」とも語った。

 講演では、障害者に関する発言のほか「問責決議を受けたが、慣れているのでなんともない」「団体交渉に従う義務はない」などと発言した。

 竹原市長はさらに持参したウクレレで自作の替え歌も披露。反対派の市議会議員に対して「市長下ろしを考える 次の選挙は忘れてる」、市役所職員には「定期昇給考える 退職手当を考える 組合運動考える」などと皮肉り、自身の仕事については「裁判対策考える あ?やんなっちゃった」とおどけた。講演後、聴衆からは拍手が起こった。

 ブログでの障害者の記述は現在、「修正中」となっている。

         ◇

竹原市長演説の該当部分の詳細は以下の通り

 「この間の障害者の件で、差別と言われるが、ああいう視点は私にはわからない。命は一つだと思っている。人間も動物も地球も。そういう感覚がある。なんでああいう言い方するのか。考えていくと、みなさんは生と死をわけている。今までたくさんの人が生まれて死んだおかげでみなさんがいる。みなさんもいずれ死ぬ。死と生が一体」 「植物を考えればわかる。葉っぱや花が散って土壌になり、木を育てる。私たちは葉っぱ、枝。その中で、権利とかいうことで、より多く自分のところに養分よこせと言っている。たまたまいろんな役割をしているのに。葉っぱは葉っぱ、枝は枝。人生は金取り競争ではいけない。勝ち組、負け組を分けられない。生ごみ残して死ぬだけと、なんで了解できないのか」

 「社会は木を育てるようにしないといけない。木の枝の先くされば切り落とす。そうしないといけない。全体として活力ある状態に。ゆうべ、日テレで『アラームにかこまれた命』というのをやっていた。NICUで未熟児で障害児が生まれてしまった。それをどんなことしても生かす医療システムがある。のどにも胃にも穴をあけて、24時間見張る。栄養はチューブで入れる。そこで2年間。病院の扱いがひどくて、お母さんが家につれて帰る。お母さんは眠れない。2年半も。そういうことやっていいのか。それを止めるのは殺人となる。私のところに今回の件でメールがきた。こういう状態の人から。疲れて寝てしまった間に死んでしまったと。そういうのがけっこうある」

 「要は、社会をつくるということは、命の部分にふみこまないと駄目。表現としてきびしいが刈り込む作業しないと全体が死ぬ。壊死(えし)した足は切り取らないと。それで全体を生き残らせる。誰も踏み込まないから、命が失われつつある。それが今の政治、社会の現実。情緒で社会をつくることはできない」


障碍者への冷たい視線は相変わらず。むしろ叩かれたことで頑なになりつつあるのが素晴らしい(笑)

木の枝がという言い方をしてごまかしていますが、要するに役に立たない生命は殺してしまえということでしょう。
その上、この人物は社会を企業と同一にしか見ていないことがこの発言からも明らかだと思います。
何の役にも立たないところに、経費を掛けることは効率的ではない。どうしてもというなら生かしておいて良いが、それならば、行政の援助を期待するな。行政は効率的なところに投資すべきだということでしょう。
以前よりこの人物は激烈な新自由主義者だと思っていましたが、この発言からも裏付けがとれました。

「疲れて寝てしまった間に死んでしまったと」という話と、腐った枝を切り落とすということは意味が全く違うでしょうに。障碍を持って生まれてきても社会で立派に生きている人はたくさんいる。また、後天的に障碍者となることも決して珍しいことではない。懸命に生きようとしているこれらの人々を切り捨てている言いぐさは、卑しくも為政者の言うべき言葉ではないと思います。
言うに事欠いて「言葉狩り」と報道陣に対して喚いたようですが、一連の発言は明らかなる差別意識の元での発言であり、かって筒井康隆の断筆宣言原因ともなった言葉そのものが問題となったというような話ではない。
差別意識の元差別的な発言をすれば非難されることは当然のことではないですか。それを「言葉狩り」とは・・・
言葉遊びもいい加減にしろと言いたい。

しかしこの講演会ががいったいどんな意図を持って開催されたのかは知る由もありませんが、こんな放言に拍手喝采した会社経営者とはいったいなんなんでしょうね?
何を持って勝ち組というかはともかくとして、彼らも決して勝ち組とは言えないと思うのですが・・・
弱者が弱者を叩いて、溜飲を下げる。こんな構図にしか見えないのですが。
ところでこの市長、何らかの原因で障碍者になったらどうするんでしょうね?
自分の言葉に素直な人物とも思えないのですが。

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kodebuya

Author:kodebuya
関西出身のkodebuyaです。
心と体を鍛えてかっこいいオヤジになりたいです。
ラーメンと犬が好きです。


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