web拍手 死刑制度をどう考えるかということは本当に難しいと思います。お陰様で私は重大犯罪の被害者の遺族になったことがありません。ですから被害者遺族の心の痛み、厳罰を臨む気持ちを本当にわかっているのか?と言われれば何も言い返すことができません。昔より言われている「被害者の人権より加害者の人権が守られている」ということも確かに納得できないです。最大の人権侵害であるところの殺人を犯しておきながら、自分の人権は守ら..."> 難しいと思う 好日亭日乗
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死刑制度をどう考えるかということは本当に難しいと思います。

お陰様で私は重大犯罪の被害者の遺族になったことがありません。
ですから被害者遺族の心の痛み、厳罰を臨む気持ちを本当にわかっているのか?と言われれば何も言い返すことができません。
昔より言われている「被害者の人権より加害者の人権が守られている」ということも確かに納得できないです。最大の人権侵害であるところの殺人を犯しておきながら、自分の人権は守られるべきであると言うことはあまりに都合が良すぎます。
また「人を殺す」という気持ちはおよそまともな精神状態でなされるわけがないと考えるのが普通でしょうから何事も精神こう弱状態だったと言い始める。弁護人の主張も通らないだろうとも思います。
ハムラビ法典の「目には目を歯には歯を」という言葉が未だに残っていると言うことはそれはそれで人間の気持ちの真実なんだとと思います。
ですから犯罪被害者の遺族が加害者に死刑を求める、厳罰を求めるということは決しておかしくないと思います。
死刑反対論者の辺見庸さんのおっしゃるように「死刑は国家による殺人の肯定であって、それは国家による戦争を肯定することと同じである」ということも理解はできるし、全くその通りではあると思うのですが、その言葉は被害者の根源的な感情をある意味無視した上で成り立っている言葉なのではないかとも思えてしまいます。被害者遺族がその言葉で納得できるとも思えません。

とはいっても以下の記事を見てしまうと死刑制度を本当に存在させる意味があるのかと思ってしまうのです。

5年前に死刑執行、実は無実?…米テキサス

米テキサス州で娘3人を殺害したとして5年前に死刑を執行された男が、実は無実だった可能性が高いことがその後の州特別委員会の調査で判明した。

 しかし、リック・ペリー州知事が委員長らを突然解任し、「もみ消しではないか」との批判が広がっている。

 処刑された元自動車修理工のキャメロン・ウィリンガム死刑囚は1991年、夫婦げんかの末に自宅に放火し、屋内にいた幼い娘3人を殺害したとして訴追された。裁判で無実を主張したが、2003年に死刑が確定。04年2月に薬物注射で刑が執行された。

 ところが、04年末に「シカゴ・トリビューン」紙が捜査の誤りを指摘する記事を掲載。これを受け、捜査を再検証する特別委員会が設置された。委員会の委託を受けた放火犯罪専門家は今年8月、「放火と断定する科学的根拠はなかった」と指摘し、ストーブからの失火などの可能性もあったとする報告書をまとめた。

 報告書は10月初めに委員会に正式に提出される予定だったが、直前になってペリー知事が委員長ら4委員を解任、知事と親しい人物が新委員長になった。委員会はその後開かれておらず、報告書は宙に浮いた形になっている。

 知事は、「委員長らは任期切れで代えただけ」と主張している。だが、地元紙は「調査結果をつぶすため職権を乱用した」と厳しく批判。CNNテレビも、知事側近が以前から委員長に圧力をかけていたなどと報じ、波紋が広がっている。

 ペリー知事は、ブッシュ前知事の大統領当選後、00年末に副知事から昇格した。



「実は無実だった」、ということで言えば、最近の日本では「足利事件」と言うことになると思います。
この事件の被疑者であった菅谷さんは、実際に受刑者となった上でようやくその無罪が証明されたのですが、死刑ではなかったので、実世界に戻ることができました。検事(当時の検事がしたのではないのが納得ができないとしても)に代表される国家からの謝罪を受けることができました。
しかし「横浜事件」の被疑者のように、既に死去してしまった方々についてはせいぜいできることは死後の名誉回復くらいであり、本当の意味での国家により侵害された権利を回復することができないのです。
以上を考えると死刑制度の可否の問題とは結局の所、日本の司法は「冤罪」を100%排除できるほどの司法なのか、また司法が政治と完全に独立しているのかという問題なのではないでしょうか?

少なくとも冤罪が起きる可能性を排除できていない取り調べ制度を維持している以上、死刑制度は廃止するのが良いのではないかと思っています。

それならば重大犯罪の量刑はどうするべきか?
恩赦・模範囚という刑の縮減を認めない、文字通りの「終身刑」を科すべきでしょう。
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kodebuya

Author:kodebuya
関西出身のkodebuyaです。
心と体を鍛えてかっこいいオヤジになりたいです。
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