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前回のエントリでは、Yahooの記事を引用し、併せてそれについてのコメントを批判したわけですが、思うにそのコメントはトリクルダウン理論を元にした新自由主義的なものとしか見えず、私としては未だにそんなことを行っている人がいるのかと呆れるばかりだったのですが、書かれているコメントを再批判すると同時に、自分自身の勉強の意味も兼ねてトリクルダウン理論を確認したいと思います。

Wikipediaはこの理論を次のように説明しています。

トリクルダウン(trickle down)とは徐々に流れ落ちるという意味で、政府のお金を公共事業や福祉などで国民(特に低所得層)に直接配分するのではなく、大企業や富裕層の経済活動を活性化させることによって、富が低所得層に向かって徐々に流れ落ち、国民全体の利益となることを示したものである。日本においても、所得税の最高税率を引き下げる時に、この考え方を根拠として用いている。

トリクルダウン理論の発想の原点は、マンデヴィル(Mandeville, B.)の主著『蜂の寓話:私悪すなわち公益』 (1714)に求めることができる。この本の副題「私悪は公益」(Private Vices, Publick Benefits)は、資本主義社会の本質を端的に示す言葉として有名である。私悪とは利己心のことである。利己心にもとづく各個人の行動が、結果的に(個人が意図したわけではないのに)全体の利益(公益)をもたらすという考え方である。この考え方は、レッセフェール(自由放任主義)につながるものであり、アダム・スミスなど古典派経済学の経済学者に大きな影響を与えた。

この理論は新自由主義の理論的バックボーンであったといえるのでしょう。
より大きな収益の見込めるところに資本を注入し、その成長を阻害する要素(例えば企業ならば法人税減税、投資家なら海外投資家の参入をしやすいような税制)をなくすことでその効果を最大化する。その結果が社会にしたたり落ち、社会が豊かになるということです。実際、それは海外企業との競争力強化を大義名分に「構造改革」の名の下になされ、小泉政権下においていざなぎ景気を超える好景気になったと言われたものでした。

しかし実際はどうだったか?
所得税率は単純化され金持ち優遇となり、法人税は減税され、企業はアメリカの好景気を追い風にその社内留保は過去最大になりましたが、その効果は庶民には給与所得が年々減少するというような結果としかならず、「六本木ヒル族」を代表とする虚業家に届き、結果として貧困格差が拡大することになりました。

Wikipediaではトリクルダウン理論は次のように批判されていると述べられています。

トリクルダウン理論に対しては、次のような批判がしばしばなされている。すなわち、トリクルダウン理論の考え方によれば、投資の活性化により、経済全体のパイが拡大すれば、低所得層に対する配分も改善するというはずである。しかし、現実にはパイの拡大が見られても、それは配分の改善を伴わず、国民全体の利益としては実現されない。つまりは「富が低所得層に向かって徐々に流れ落ち、国民全体の利益となる」はずであったものが、一部の富裕層の所得の改善を持って「経済は回復した」ということにすりかえられているに過ぎない、というものである。

トリクルダウン理論は、発展途上国のように一般市民の所得が圧倒的に少なく一般市民の消費が国内経済に大して貢献しない場合、もしくは人口が少なくて国内市場規模が小さい小国家の場合は現在も有効である。ただ、先進国や人口が一定の規模を超える国々では一般市民の消費が国内経済に大きく貢献している為、トリクルダウン理論は必ずしも有効ではない。近代国家は経済構造が複雑化しており、「富は必ず上から下へ流れる」という単純な概念が当てはまらないのである。トリクルダウン理論は、一般市民の消費が企業を支え、経済を回し、国家を成り立たせ、「富が下から上へ流れる」という状況を想定できなかった時代の理論ともいえる。


さて、昨日引用したコメント「ただでさえ、働いている人が減ったのにその人の税金を上げる。アホだろ。団塊世代など、引退した世代も平等に納税する消費税が一番なんだけどね。働き手をいじめてどーする。」というものですがこのコメンターがいう「働き手」とはだれを対象としているかというと、一般庶民に限らず、所謂お金持ちも含まれているといえます。なぜならこれこそ当にトリクルダウン理論的な発想であって、結果としてこの発言が「企業に課税すると企業は海外から逃げる」と主張する経団連と同じ物になってしまうことからも明らかです。またこの発言の問題は一見「平等に納税」といっておきながら、その納税手段に「消費税」と言ってしまっていることです。このコメンターの想定する世代には「元」働き手でもない、子どもは含まれておらず、一般消費税はその子どもの消費にも課税するものなのですから、決して「平等に納税」できる制度ではないことは明らかです。このコメンターの主張は結局の所竹中平蔵が主張し、サッチャーが導入して失敗に終わった「人頭税」という逆進性の最たる制度まで進まざるを得ないものです。

そもそも日本においての消費税の歴史は、経団連あたりの主張に応じる形でなされた、所得税率の累進制の緩和と法人税率の引き下げによる税収不足分を補填するような形で導入されてしまうといういびつなものでした。
金持ちの税金を引き下げる替わりに不足分は全員の負担でということでした。
そのような制度を続けていたおかげで、日本の徴税力が下がってしまったことは今のような「百年に一度」といわれるような不況下においてはさらなる税収不足を導くことになったことは当然のことでした。
現在菅直人財務省が主張する累進課税の強化は、好況下において自然に税収が増える仕組みを構築しようととしているものであり、単純に所得税を増税し、その上消費税を増税するという性質のものではありません。
コメンターがお金持ちなのかどうなのか知るすべもありませんが、むしろコメンターの言うように全て消費税で賄おうとする方が、ただでさえ収入が減っている一般的な「働き手をいじめ」ることになるとしか私には思えないのです。

しかしこのコメンターだけの問題ではありません。
過去十年以上にもわたり、時の政府・マスコミは「税法改正といえば消費税」とやかましく喧伝していたのであり現在の税制がどうなっているという指摘はあったのかもしれませんがかき消されていたのですから。
この度の菅財務相の発言が消費税増税の上、所得税増税と思われても仕方がないことはあるでしょう。

ともあれ、理論とも言えないトリクルダウン理論にNOを突きつけ、本来の税財政の所得再分配機能を高めなければと思う次第です。

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kodebuya

Author:kodebuya
関西出身のkodebuyaです。
心と体を鍛えてかっこいいオヤジになりたいです。
ラーメンと犬が好きです。


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