web拍手 小沢一郎を巡る一連の問題で異様だったのは、マスコミが「右へならえ」状態になったことです。いや、真相は一つなんでしょうから最終的な報道が一つになるのはやむを得ないことだし、それを問題にしているわけではないのですが、この度の一連の報道は裁判員制度を運用している国の犯罪報道としては問題があるものだったと思います。小沢一郎が黒なのか白なのか、限りなく黒に近いグレーなのかは私にはわからないですが、少なくとも..."> 江川紹子氏の主張に激しく同意する 好日亭日乗
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小沢一郎を巡る一連の問題で異様だったのは、マスコミが「右へならえ」状態になったことです。
いや、真相は一つなんでしょうから最終的な報道が一つになるのはやむを得ないことだし、それを問題にしているわけではないのですが、この度の一連の報道は裁判員制度を運用している国の犯罪報道としては問題があるものだったと思います。

小沢一郎が黒なのか白なのか、限りなく黒に近いグレーなのかは私にはわからないですが、少なくとも昨年4月の西松事件を発端とした一連の小沢一郎を巡る報道は、「推定有罪」とすら言えるものだったことは間違いないと思います。
言うまでもなく、日本では有罪かどうかは司法の判決が確定するまでは原則として無罪と見なされるのであり、裁判においては検察側はその犯罪の立証責任を負います。被告人が無罪の立証責任を負うわけではないのです。
しかし日本の場合は、立件=有罪と見なされることがあまりに多い。マスコミもそれに輪を掛けて報道するものだからますます立件=有罪という図式が一般人に刷り込まれてしまいます。
小沢一郎に説明責任を迫るマスコミは、我々に対して過去の報道に対しての説明責任を果たしてきたのでしょうか?
それができていないのであれば、マスコミは何でもかんでも無批判に、無節操に報道をすればよい、人権も何も知ったことかという事になりかねないと思います。マスコミは「第三の権力」「第四の権力」といわれますが、権力であるが故にきちんとした自浄能力が求められるのではないでしょうか。

江川紹子氏は自身のEgawa Shoko Journalで新聞の「説明責任」を問うという記事で新聞の説明責任についての批判をなさっておられます。

(前略)
政治的な権力者とされる小沢氏の問題点を探して暴こうというのはいい。読売の溝口烈社会部長が
<政界最高実力者の周辺で発覚した資金疑惑への国民の関心は高く、これに応える報道は高度の公共性・公益性を有する>
と書いているのは、まさにその通りだ。
 だが、検察も国会議員を逮捕したり失脚させるほどの強い権力を持つ機関だ。その捜査のあり方にも監視の目を光らせる必要があるはず。そういうバランス感覚が、”クビ取りゲーム”に熱中する中で吹き飛んでしまった。
(中略)
小沢氏が不起訴となって、「検察の説明責任」にふれる新聞も出てきた。
 朝日新聞は、検察の会見の主な一問一答を紹介。「言えない」「言わない」「コメントしない」「お答えを控えたい」……と記者の質問に対する検察官がほとんどまともに応えない様子を伝え、<検察はどこまで説明責任を果たすべきなのか>と、実に遠慮がちに問うている。
 そうした問いをすることはいいだろう。
 だが、私としては、ついこんな問いを発したくなってしまう。
 「ところで、ご自分たちの説明責任はどうなっているのですか」
  
 検察が石川議員ら2人の起訴と小沢氏の不起訴を発表した記者会見に出席できたのは、朝日新聞など大マスコミで作る司法記者会(記者クラブ)だけ。しかもカメラを入れたいという要請も断られている。カメラの前で堂々と語ることができない検察をなぜ、批判しないのだろう。しかも、匿名で検察幹部が「心証は真っ黒」などと語るのを無批判に載せる。これはいいかがなものか。
 一方の小沢氏の記者会見は、フリーのジャーナリストなども参加可能で、カメラの持ち込みももちろん可。事情聴取を受けた後の会見は、インターネットで生中継されたりもした。その説明内容は万人が満足するものではないにしろ、検察と比べれば、はるかに開かれた対応をしている。なのに、そのことは伏せて、小沢氏が国民に説明することから逃げているようなイメージ作りをするのは、あまりにもアンフェアだ。検察はあくまで正義、小沢氏はあくまで不透明で閉鎖的というイメージ作りに、マスコミは大きな役割を果たしてきた。果たしてこれが、公正公平な報道と、報じている側は考えているのだろうか。
 捜査の進展についても、毎日、この問題の報道を読んでいた読者は、小沢氏はゼネコンから裏金をもらっている証拠があり、その裏金を隠ぺいするために小沢氏が石川議員に政治資金収支報告書に嘘を記載するように指示し、当然のことながら起訴されると思っていた人が少なくないのではないか。ところが、東京地検特捜部の徹底した捜査でも、この問題での小沢氏と石川議員の共謀は明らかにされず、裏金の存在も証明されず、小沢氏は在宅起訴もされなかった。
 記者たちは情報源である「関係者」に騙されて、間違ったネタをつかまされたのか。それとも記者たちが、「小沢のクビを取りたい」と思うがあまり、情報の真偽を判断する目が曇っていたり、独自の解釈を加えてしまったのか。あるいは、小沢氏がカルト以上に強烈なマインド・コントロールを秘書たちにかけていて、逮捕された3人は捜査を混乱させるためにわざと供述を二転三転させ、マスコミをも翻弄した、というのか。そうしたところは、ぜひとも聞いてみたい。
 新聞によっては、石川議員が小沢氏との共謀を自白したとする記事を大きく掲載したところもある。石川議員の弁護士は「完全な誤報」と主張した。なのに、その新聞では訂正記事は出ていない。いったい、あれは誤報だったのか、それとも弁護士が嘘をついたのか。どうか説明して欲しい。
 そうした検証をちゃんとやっておかなければ、近い将来、新聞はまた検察の応援団としての役割を担わされかねない。
 石川議員らの公判を、公正な形で報道してもらうためにも、国民が正しい情報を元に政治について論評したり判断したりするためにも、今、新聞の説明責任を問うておきたい。


非常に冷静な批判だと思います。
今回の一連の報道に限らず、報道のあり方、取材のあり方についてマスコミは再検討する必要があるのではないかと思います。
それはマスコミ自身が「権力」であるということを前提に、徹底的な社会の批判の目にさらされる必要があるということなのではないかと私には思えてなりません。

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Author:kodebuya
関西出身のkodebuyaです。
心と体を鍛えてかっこいいオヤジになりたいです。
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