FC2ブログ
≪ 2011 10   - - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 - - -  2011 12 ≫
*admin*entry*file*plugin| 文字サイズ  

大王製紙の井川前会長が特別背任容疑で逮捕されました。
同容疑者は容疑をほぼ認めているようです。

借入総額は150億円=非連結会社からも数十億―2年前に融資開始・大王製紙会長 時事通信 11月23日(水)2時31分配信

大王製紙をめぐる特別背任事件で、前会長の井川意高容疑者(47)が、子会社からの約106億円の借り入れ以外に、非連結対象の関係会社からも数十億円の融資を受けていたことが22日、関係者への取材で分かった。融資は2年前に始められ、子会社と関係会社からの借入総額は150億円前後に上るとみられる。
 東京地検特捜部もこうした事実を把握しており、詳しい使途の解明を進めている。


このような事態に至った経緯は
大王製紙前会長 「刺激欲しさ」の代償大きく 孤独エリート、破滅 産経新聞 11月23日(水)7時55分配信

製紙業界大手の巨額融資問題に22日、司直のメスが入った。東京地検特捜部に会社法違反(特別背任)の疑いで逮捕された大王製紙前会長の井川意高(もとたか)容疑者(47)は、創業家3代目の「エリート御曹司」として常に日の当たる道を歩み、企業家としても手腕を発揮。その一方で、孤独を感じていたのか、夜の街やカジノでしか見せない別の顔も持ち合わせていた。

 ≪常識外れ≫

 東京・麻布の深夜の高級クラブ。極彩色のドレスを着込んだホステスのグラスに、なみなみとシャンパンが注がれた。グラス下にはコースター代わりに一万円札が10枚置かれていた。

 通称「意高コースター」。酒を飲み干せば、全額が懐に入るという余興だ。ホステスが目の色を変えて杯を空にする様子を、井川容疑者は笑みを絶やさず見つめていたという。

 常識外れの金銭感覚を示す象徴的なエピソードとして、周囲に知られている。本人も酒豪で、高級な洋酒を何本も空けていた。

 幅広い交友関係も井川容疑者の自慢だった。豪遊を通じて政治家や芸能人、高級官僚にも人脈を持った。

 有名歌舞伎俳優が殴打された事件では、自らが知った“内幕”を、製紙業界の懇親会の場で上機嫌に語った。「仕事の話はそっちのけ。事件の話を興奮して話していた」。取引先関係者はそう振り返る。

 別の関係者は「社内で豪遊三昧をいさめる人はいなかった。冷笑まじりに『裸の大王』とささやかれていた」と話した。

 ≪プライド≫

 井川容疑者は大王製紙創業者である故伊勢吉氏の直系の孫で、3代目に当たる。

 愛媛県を拠点とする大王製紙は、井川容疑者の父親で元社長の高雄氏のもとで急成長した。「エリエール」ブランドを軸に昭和61年、ティッシュペーパーのシェアで国内トップに躍進。期待の嫡男である井川容疑者に高雄氏は、将来の社長にすべく帝王学をたたき込んだ。「愛媛から東京までジェット機で塾通いをさせ、東大卒の社員を家庭教師につけていた」(同社関係者)

 井川容疑者は名門・筑波大付属駒場高校から東大法学部へ進学。62年に大王製紙に入社し、4年で常務に昇格するなどエリート街道を突き進んだ。

 企業人として名を知らしめたのが、平成18年8月。業界最大手の王子製紙が業界5位の北越製紙に敵対的TOB(株式公開買い付け)を仕掛けた際、当時副社長の井川容疑者は徹底抗戦の論陣を張った。「市場価格を決定できる支配力を持つようになり、消費者の不利益になる」として公正取引委員会まで巻き込み、TOB破談の一翼を担ったのだ。

 「俺は東大法学部を出ている。ほかの企業の創業家一族とは違うんだ」。近代的経営感覚の自負とプライドを、そんな言葉で漏らしていたという。コンプライアンス(法令順守)やコーポレートガバナンス(企業統治)を体現するビジネスエリート。業界内外ではそう見る人もいた。

 ≪家訓≫

 だが、ギャンブルを知ってから、道をそれ始めた。借入金100億円超の大半の使途とみられるのが海外でのカジノだ。その水先案内人になったのは、都心の繁華街に根を下ろす“闇の紳士”たち。特に六本木でナイトクラブを経営していた元俳優の男性は指南役だったとされる。

 関係者によると、井川容疑者はマカオで1枚1000ドル(現在約7万7千円)のチップを惜しげもなく積み、バカラなどに没頭した。一度の渡航で5億円を超える現金を注ぎ込んだこともあった。

 知人の一人は、カジノ通いの目的を「とにかく刺激を欲していた」と述懐する。「本当の友達らしい人も少なかった。名門の家に生まれ育ったゆえ、孤高かつ孤独だったのかもしれない」

 今回の問題を調査した大王製紙の特別調査委員会の報告書では、井川家に対して「絶対的に服従するという企業風土があった」と指摘。高雄氏が顧問職を解任されるなど、井川家は経営の中枢から排除された。

 井川家には初代の故伊勢吉氏が残した「井川家の心」という家訓がある。

 〈井川を存在させるために、会社があるのではない〉

 大王製紙関係者はこう皮肉った。「井川が大きくした会社で、その信用を失墜させたのも井川だった。会社を自分の財布だと思っていた意高さんにとって、家訓は無意味だったようだ…」

であるとのことです。
「世襲支配」「独裁」の行き着いた末のことといえるのでしょう。
このことで私が想起したのは、中内功が作り上げ、一代で消してしまった「ダイエー」のことです。
佐野眞一による彼の評伝
完本 カリスマ―中内功とダイエーの「戦後」〈下〉 (ちくま文庫)完本 カリスマ―中内功とダイエーの「戦後」〈下〉 (ちくま文庫)
(2009/10/07)
佐野 眞一

商品詳細を見る
によるとダイエーの急激な成長は、中内の「衆議独裁」にあったといいます。
しかし、そのダイエーが最後に中内家の手から文字通り離れてしまったのは、中内の世襲への執着にあり、また、最後まで中内が経営権を手放そうとしなかった。引き際を間違えてしまったことにあったのではないかといいます。

同氏は晩年の中内について、同書で

中内は産業再生機構入りしてからのダイエーについても、ほとんど発言しなかったという。
「新生ダイエーの林文子CEOがテレビのニュースなどに登場すると『現場で社員と交流することはええことや』『これからの時代はマイカンパニーじゃなく、ユアカンパニーじゃなきゃいけないんやろな』なんて評価していました」
(筑摩文庫「完本カリスマ(下)」308頁)

と話をしていたという証言を紹介しています。
中内の失敗は会社という存在を、自分と自分の一族のものと勘違いしたことにありました。それは、消費者・生活者に一番近い業種であるはずの流通業においては許されることではなかったということなのでしょう。

井川容疑者も、世襲支配の中、いつの間にか裸の王様になってしまっていたのではないか?その孤独に耐えられなくなりこのようなことになってしまったのではないか?と考えてしまいます。
会社は社会的な存在でもあります。100歩譲って成長企業ならともかく、大王製紙のような安定企業になっていけば「独裁」はふさわしくないのでしょう。

政治だって同じ。日本のような成長企業に「独裁」とか政治家のお気持ちを「忖度」しなければならないような体制は決してふさわしくありません。

スポンサーサイト



Powered By 読書カレンダー

kodebuya

Author:kodebuya
関西出身のkodebuyaです。
心と体を鍛えてかっこいいオヤジになりたいです。
ラーメンと犬が好きです。


-天気予報コム- -FC2-


QRコード